1-14『星橋の街、来訪』


数時間後、救急車内。

狼娘「……ん」

かすかな眩しさを感じ、狼娘は目を開いた。
眩しさに慣れ、目に入ってきたのは周囲が妙に明るい空間。

狼娘「……どこ……?」

彼女は最初の内、いまいち状況を理解できなかった。
朦朧としながら目を動かし、周囲を観察する。そして意識がはっきりして来ると共に、その異様さに気が付いた。

狼娘「……!?」

事態に気が付き、狼娘は半身を起き上がらせる。

狼娘「なに……ここ?」

彼女が寝かされてはいるのは、一面が若干緑ばんだ白の壁の奇妙な部屋。
並んだベッドの近くには、奇妙な物体が置かれている。そして気付けば、自身も見た事も無い服を着せられている。

狼娘「あたし……あの後どうなって……」

連れ込まれた後の記憶がはっきりしないが、今のところ野盗たちの姿は見えない。

狼娘「……」

狼娘はベッドから立ち上がり、奥の扉らしき部分へ目を向ける。

狼娘「……じっとしててもまた……ッ!」

奇妙なことだらけだが、狼娘は意を決し、扉を空け外へと出た。

狼娘「!?」

そこは連れ込まれた野盗たちの根城のはずだった。
だが、様子があきらかにおかしかい。ヤツ等が住処としていた掘っ立て小屋などがほとんど見当たらない。

狼娘「何これ……?」

そして、振り返ればそこにあったのは、自身が乗っていたと思われる、奇怪な荷車だ。
全体は濃い緑色で、各所には白地に赤い菱形を記した、不可解な標章。
さらにその隣には、多数の車輪を持つ不可解な物体が鎮座している。

狼娘「どういうこ――ッ!」

次々と疑問に襲われる彼女だったが、そこで人の気配を感じ、とっさに救急車の影へと隠れた。
広場の中央を覗き込むと、そこにも緑色の荷車が複数。
そして、その近くで数人の人間が焚き火を囲んでいる。

狼娘「野盗の仲間……?にしては……」

そこにたむろする人間達は、全員が緑の基調とした奇怪をしている。
そして一部の人間の手には、槍のようなこれまた奇怪な武器。

狼娘「わけわかんない……けど!」

彼等の正体は判明しないが、ここから離れたほうがいい。
そう思い、狼娘が少し後ずさった時だった。

狼娘「いっ!?」

突然、狼娘は何かにぶつかった。
振り返ると、隣に鎮座する奇怪な物体の扉が開いている。

狼娘「いつのまに……ッ!」

瞬間、扉の向こうに気配を感じ、狼娘は構えの姿勢をとった。
だが、

狼娘「へ?……ひ、ひぃッ!?」

扉の向こうから現れた者を目撃すると同時に、
狼娘は悲鳴を上げ、尻餅を着いた。

自衛「なんだ?あぁ、狼のねーちゃん気が付いたか」

狼娘「あ……あ……」

奇怪な物体から現れたのは、恐ろしい顔をした大柄の人物だった。

狼娘(ヤツ等の頭領……?こんなヤツがいたの……!?)

現れた人物はその恐ろしい顔に、おぞましい表情を浮かべ、狼娘を見下ろして来る。

自衛「あぁ?おい、しっかりしろ」

狼娘「ひ、いや……!」

こんな人間に捕らえられれば、何をされるか分からない。
狼娘は必死で這いずり逃げようとする。

自衛「おぉい、錯乱から回復してねぇじゃねぇか……!衛隊B、来い!」

衛隊B「はいー?」

自衛「ねーちゃんが出歩いてる!おまけに錯乱から回復してねぇぞ!」

衛隊B「嘘!?今行きます!」

どうやら応援を呼んだようだ。

狼娘「に、にげなきゃ……」

その前に逃げなければと、狼娘は必死で這いずる。だが視線の先、先程の荷車の影から別の人間が現れる。

狼娘「……ッ!」

駆け寄ってくるその人間を前に、思わず目を瞑る。

狼娘「……?」

しかし、いくら立てども自らの体が乱暴に扱われることはない。
恐る恐る目を開くと……

狼娘「……え……?」

目に入ってきたのは、彼女より小柄な一人の娘だった。

衛隊B「大丈夫ー?落ち着いて」

狼娘の側に屈み込み、顔を覗き込んで来る。

狼娘「え……え……?」

衛隊B「分かるかなー?どこか痛い?それとも具合が悪い?」

投げかけられる言葉からして、どうにも自分の身を案じているらしい。

隊員C「今度は何があったんだよ?」

支援A「おぉ?ねぃちゃん気が付いたのかぁ!」

狼娘「……!」

娘の後ろから人相の悪い人間が集まってくる。やはり野盗の根城ではないかと、狼娘は警戒したが。

衛隊B「ちょ、押し寄せてこないで下さい……!怖がってるでしょうが」

自衛「お前等は呼んでねぇ、失せてろ。歩哨に戻れ」

支援A「おぉい、冷たい事言うなってぇ……!」

隊員C「俺には、お前の顔に一番びびってる用に見えるんだがな?
   自衛、初対面のヤツが皆揃って、お前に引いてるのに気付いてるか?」

自衛「俺は初対面の挨拶が苦手なもんでな」

衛隊B「いいから皆、下がってくださいって!そうやって見下ろされてると怖いから!」

隊員C「ああ、分ーった分ーった!」

少し会話をしたかと思うと、彼等は特に何もせずに行ってしまった。

自衛「落ち着いたら知らせろ、いいな」

衛隊B「了解です」

そして小柄の娘に何かを伝えたかと思うと、その酷く恐ろしい顔の人物も、別の所へと行ってしまった。

狼娘「どうなってんの……?」

呆然とする彼女に、小柄の娘が声をかける。

衛隊B「大丈夫、一人で立てるかな?」

狼娘「え?あ、ああ……」

衛隊B「よし、じゃあ救急車の中で休もっか」



狼娘は衛隊Bの手を借り、救急車へと戻された。

衛隊B「はいこれ羽織って」

衛隊Bは上着の予備を狼娘に羽織らせる。

狼娘「……」

狼娘は作業を進める衛隊Bを見つめる。

最初はさっきの男達に捕まった娘か何かかと思ったが、よくよく見れば、彼等と同じ奇怪な恰好をしている。
それに腰にナイフを携帯している所見れば、どうにも捕まっているわけではないらしい。

狼娘「(この娘も仲間……?)ねぇ……一体何なのあんた達…?」

衛隊B「その辺はあとで。それより具合は悪くない?どこか痛かったり、気持ち悪かったりしない?」

狼娘「それは、大丈夫……」

衛隊B「ふむ、発見した時よりひどい状態じゃないね……さっきは士長達に驚いちゃったのかな?まぁ、驚くよね普通」

狼娘「あ、ああ……まぁ……」

衛隊B「えーっと、じゃあ次」

その後も狼娘は、衛隊Bに身体状態について、あれこれ聞かれる事となった。



救急車の車外。
FV車長と82車長が、衛隊Bから狼娘の容態を聞いている。

衛隊B「記憶に少し混乱が見られます。多少話はできると思いますが…
なるべく短時間でお願いします。長時間は彼女の体にさわります」

FV車長「わかった。とりあえず彼女に今の状況だけ説明しよう」

FV車長は後部扉をくぐり、救急車内へと上がる。

FV車長「失礼」

狼娘「……ッ!」

上がりこんできた中年の男に、狼娘は警戒の色を見せる。

FV車長「大丈夫、そう警戒しないでください」

言いながらFV車長は反対側のベッドに腰掛けた。82車長は中には上がらず、ドア縁に肘をつき立っている。

狼娘「な……一体なんなんだい、あんた達は……?」

FV車長「我々は日本陸軍、日本という国の軍隊です。私はFV車長三等陸曹と言います」

狼娘「ニホン……の軍隊?や、野盗たちの仲間じゃないのか……?」

82車長「冗談言うな。あんなんと一緒にされちゃ困るぜ」

狼娘「じゃあ、あいつらは……!?」

FV車長「落ち着いて。今からそのあたりの事をあなたに説明します。我々の部隊の一部が、物資調達のために星橋の街へ向かっていました。
    しかしこの森を通過する時に、ここに潜伏していた者たちと戦闘になりまして。
    安全確保のために彼等を追撃し、拠点と思わしきこの場所を制圧。そこで、あなたを発見したわけだ」

狼娘「あんた達があいつ等を……!?それで……あ、あたしをどうする気なんだ……?」

FV車長「心配はしないで。我々はあなたに危害を加えたりはしない」

狼娘「………あ!そ、そうだ!あたしの仲間、商人C達は!?」

しばらく疑惑の表情を浮かべていた狼娘だったが、仲間の安否を問い、口を開く。

狼娘「三人!あたしには三人仲間がいるんだ!あいつらはどうなったんだい!?」

仲間の安否を知るべく、声を荒げる狼娘。

FV車長「………」

一方で、FV車長達の表情は渋い物になった。

衛隊B「あの、今の精神状態で伝えるのは…」

狼娘「なぁ、知ってるんだろう!?頼む、教えてよ!」

不安を浮かべた表情で食って掛かる狼娘。それは知りたいというよりも、不安を否定して欲しいという、懇願にも似た物だった。

82車長「……後回しにしてもしょうがねぇ事だ」

FV車長「ああ、俺が話す」

FV車長は一度息を整え、座りなおす。そして狼娘を見つめて切り出した。

FV車長「いいかい、気を落ち着けて聞いて欲しい……我々はここを制圧した後、あなたの仲間と思われる遺体を複数回収した」

狼娘「!」

FV車長「それと、あなたを発見した時、あなたは放心状態で……仲間の物と思われる首を抱いていたそうだ」

狼娘「ッ!!」

それを聞いた途端、狼娘の顔は驚愕一色となる。

狼娘「あ……そう……だ……」

そして、自分に起こった事態を明確に思い出したのだろう。狼娘の顔はみるみる青色に染まっていった。

衛隊B「ッ!大丈夫!?」

狼娘「だいじょうぶ……そう……か……」

アレは悪い夢だったのではないか。そんな淡い彼女の希望は、儚く崩れ去った。

狼娘「し、商人Cの体は……?商人Cにあわせて……」

衛隊B「あ、ダメ!」

立ち上がろうとしてバランスを崩しかけた狼娘を、衛隊Bが支える。

狼娘「しょ、商人C……みんな……」

衛隊B「……」

かける言葉が見つからず、衛隊Bは黙って狼娘の頭を撫でた。

衛隊B「FV車長三曹、これ以上の会話は無理です」

FV車長「分かっている。今日はここまでだ、彼女には十分休んでもらう必要がある」

82車長「ひでぇもんだ……」

FV車長「衛隊B二士、その娘についててやってくれ。何かあれば応援を呼ぶように」

衛隊B「分かりました」



夜。
広場の端の塹壕で、隊員C等が歩哨についている。
弧の字に作られた塹壕に軽機を設置し、支援Aが森を見張っている。

支援A「よーぉ。いい加減コイツじゃ、心許ない気がしてきたんだけどよ。俺だけかぁ?」

支援AがMINIMI軽機をつつきながら呟く

隊員C「派遣小隊の連中、騎士共相手に5.56mmで苦戦したらしいぜ。鎧を貫通できなかったんだと」

支援A「あーぉ、そいつぁますます不安だぜぇ」

衛隊B「支援Aさんなら殴ったほうが早い気もしますけど……」

塹壕の後ろにも地面を掘り下げた壕が作られ、隊員C達と衛隊Bは、壕の中心で燃える焚き火を囲っていた

支援A「おぉ?よーぉ、隊員Dのご帰還だぜぇ」

支援Aが、こちらへ歩いてくる隊員Dに気付いた。
彼は拘束した野盗ボスへの暴行殺害の件で、鍛冶妹の転移魔法を使い、野営地へと出頭していた

隊員D「はぁ……くそ」

衛隊B「あ、お帰りなさーい」

隊員D「ん、衛隊B?あの狼の娘についてなくていいのか?」

衛隊B「一服中です、すぐに戻りますよ。それに、あの娘もまた寝ちゃいましたし」

隊員D「容態はどうなってんだ?」

衛隊B「精神面は難しい状態ですが……体力的にはそれほど酷くはありません。
     獣人って言うんですか?やっぱり人間より強い体をしてるみたいで…」

隊員D「そうかい……」

言いながら、隊員Dは壕の端に腰掛けた。

隊員C「でぇ、お前は一体どんだけくらってきたんだ?」

隊員D「48時間の原隊謹慎だと……」

支援A「ハッハァー、ほとんどお咎め無しだな!良かったじゃねぇか!」

隊員D「ああ……」

隊員Dは浮かない顔で焚き火を見つめている。

隊員C「よぉ隊員D。気にくわねぇのは分かるがよ、軍隊ってヤツは融通の利かねぇモンなんだよ」

支援A「気持ちも分かるっちゃ、分かるけどよぉ。昼間のありゃぁー……すっげぇアートだったよな」

野盗ボスの有様を思い出し、なんとも言えない表情になる支援A。

隊員D「当然の報いだ。なんだってあんな外道染みた事ができんだよ……」

隊員C「知ってるかぁ?生き物のシステムってのは、道徳ってヤツと照らし合わせるとかなーり糞なんだぜ?
    この世界は俺等の世界ほどオブラートに包まれちゃいねぇからな、そういう糞な部分がはっきりと見えてくるのさ」

隊員D「もういい、聞きたくもねぇ……支援A、見張り代わるぞ」

支援A「頼むぜ」

隊員Dが支援Aと交代し、塹壕に入り軽機に着く。

衛隊B「あ、お湯沸きましたよ」

支援A「よぉーし、俺様特製コーヒー作ってやるぜぇ。皆飲むよな?」

支援Aは沸いたお湯でコーヒーを淹れだす。

隊員C「無駄に時間をかけんじゃねぇぞ」

支援A「そう言うなぁ、時間をかけるからいい味が出るんだぜぇ」

隊員C「普通でいいんだよ、泥みてぇでもない限りな!」

ぶつくさ言いながら隊員Cは、ドライフルーツを口に放り込む。

衛隊B(ホットチョコが飲みたい…)

隊員D「そういや士長は?」

隊員C「自衛はシキツウで明日の行程を確認中だ。……とか言ってたら来やがったぜ」

バインダーを片手に自衛が現れた。

支援A「よぉ、お疲れ」

自衛「変わりねぇか?」

隊員C「特にはな」

自衛「よぉし、全員聞け。明日は0800時から行程再開だ。ただし隊員D、お前は残ってFV車長達とここを守れ。
    衛隊B、お前が代わりに俺達と同行だ」

隊員D「了解です」

隊員C「なぁんで代わりが衛隊Bなんだ?」

衛隊B「狼人間の生態系を詳しく知りたいんですよ。大きな街の医療施設なら、資料とかあるかなと」

自衛「狼のねーちゃんの面倒は、鍛冶妹が来て見ててくれる」

隊員C「あー、そりゃご苦労なこったね」

自衛「そんくらいだ、なんか聞きてぇ事はあるか?」

支援A「あー……特にはねぇぜ」

隊員C「ああ、質問じゃねぇんだけどな自衛、こいつ等じゃそろそろ威力不足じゃねぇか?……って話をしてたんだけどよ」

隊員Cは、支援Aの個人装備の軽機を示しながら言った

隊員C「同僚達も騎士共の装甲に苦戦したんだろ?5.56mmだと状況次第じゃ不利んなる」

支援A「74式改か九二重あたりを引っ張り出すってのはどうだぁ?」

隊員C「気は進まねぇがな」

自衛「考えとこう。俺は反対側を見てくる。すぐ戻るが、しっかり見張ってろ」

自衛を見送る隊員C等

隊員C「……今日、人を焼いた人間とは思えねぇな……平気な顔してやがる」

支援A「ああ、ありゃクリスピーに焼けて最高だったな!」

昼間の戦闘を思い返し、支援Aはテンションを上げる。

隊員C「お前も十分どうかしてるぜ」

隊員D「士長に限っちゃ、樺太じゃ日常茶飯事だったんだろうよ……」

衛隊B「あ、それ思い出しましたよ。一昨年の樺太県領土侵犯事件でしたっけ」

隊員C「ああ。露助の一部のパーな連中が、クーデターを起こしやがった糞迷惑な事件だ」

支援A「ありゃ、かなりびびったよなぁ!30年ぶりの派手なドンパチだったろ!?」

衛隊B「自衛士長、あの時樺太に居たんですか?」

隊員C「らしいぜ。当時最初に交戦した、第5混成団のどっかの普連だったか?どうでもいいけどよ」

支援A「で、樺太帰りでヒャッハーんなったってか?」

隊員C「だろうよ」

82車長「そいつは違うな」

支援A「あ?」

背後からした否定の声がする。気付けば、82車長が壕のすぐ側に立っていた。

衛隊B「82車長三曹、どうしたんです?」

82車長「ちょっと一服にな」

82車長は壕に入り、座る。

82車長「あ、支援A。俺にもコーヒーもらえるか?」

支援A「オーダー追加だな、任せとけ」

隊員C「おぃ、違うって一体何がだよ?」

82車長「自衛のヒャッハーっぷりさ。あいつは樺太で変わったわけじゃねぇ、教育隊の時からずっとああだ。樺太事件の時もな」

隊員D「本当ですかそりゃ?」

82車長「ああ、樺太にはかなりの数が投入されただろ。俺等、第1砲科団も樺太に増援で行ったんだ。
    まぁー酷かった……人が変わっちまったヤツも多くいたな……」

衛隊B「……」

82車長「だがな、あいつには別の意味で驚いた。当時からヤバい方向にズレてんのは知ってたけどよ、
    教育隊の時とちっとも変わらねぇ体で、平気で戦ってやがった」

支援A「ファォ…本当かよ」

隊員C「弾け飛んでるとは思ってたけどよ、根本からどうかしてやがったのか」

一同の顔がえげつないといった表情になる

自衛「俺の噂話で盛り上がってるようじゃねぇか」

衛隊B「ひゃ!?」

隊員C「もう戻って来やがった!」

支援A「ハハァ!主役の登場だぜ!」

戻ってきた自衛に驚く一同。自衛は気にせず壕へと押し入った。

自衛「82車長、勝手に人をバケモノ扱いしてくれてんじゃねぇぞ」

82車長「ああ、悪かったよ」

隊員C「実際バケモンみてぇなモンだろ。中身も外見もよぉ」

自衛「口を閉じてろ、自称天才」

隊員C「へっ!」

自衛「戦闘で躊躇しねぇのは俺だけってわけじゃねぇ、そういう人間はいくらか居るもんだ」

82車長「どうだろうな……」

衛隊B「……」

自衛「個人差はある。だが、撃ったヤツ等が実際生き残った。だろ」

隊員C「そんくらい、言われるまでもねぇよ」

自衛「ならいい」

数秒間、焚き火のパチパチという音だけが周囲に響く。

82車長「分かっちゃいるがね……邪魔したな。ごちそうさん」

支援A「まいどありー、ヒッヒィー!ってなぁ!」

衛隊B「そんな挨拶の店、二度と来たく無いです……」

82車長はマグカップを置くと、壕を出て行った。

自衛「隊員D、お前も今日はもう休め」

隊員D「はい?しかし……」

衛隊B「ああ、そうですね……正直、まだちょっと顔色悪いですよ」

自衛「どうせ後二時間で施設の連中が来る。休んどけ」

隊員D「……分かりました。隊員C、代わってくれ」

隊員C「へーへー」

隊員D「先に失礼します……」

隊員Cと見張りを交代し、隊員Dは宿営テントへと歩いていった



翌朝。
燃料分隊は行程を再開。昨日と同じ編成で星橋の街を目指す。
ただし旧型ジープのハンドルは、隊員Dに代わり衛隊Bが握っている。

支援A「でーぇ?向こうに着いたら何すんだ?」

自衛「最初に警察機構と接触だ。でかい街にはこの国の兵団が駐留してるらしい、そいつらに事を押し付ける」

隊員C「その後にようやくお買い物タイムってか?」

自衛「ああ、隊員Cがメガトン級アイスで死ぬ様を見届けようぜ」

隊員C「残念だったな。これでも俺様の腹は頑丈なんだよ」

衛隊B「医療機関に寄るのも忘れないで下さいね……」



82車長「見えてきたか」

数十分走行を続け、車列の前方に、城壁に囲われた街が見えてくる。

特隊A「でけぇな……ん?車長、前方からなんか来ます!」

82車長「何?」

操縦席横の銃座に着く特隊Aが、前方、街の方向から接近する何かを見つけた。

82車長「あれは……騎兵か」

双眼鏡を覗くと、確認できたのは四騎の騎兵だった。

特隊A「こっちが目的かぁ?」

82車長「だろうな……全車に通達、前方から騎兵が四騎接近中。本隊が目的と思われる、警戒しろ」

通達を受け、全車が警戒態勢に入る。

自衛「衛隊B、車列の脇に出ろ。車列を守る」

衛隊B「了解」

ジープは車列を外れ、車列を護衛できる位置に移る。

自衛「隊員C、軽機に着け」

隊員C「今度は矢とかぶっ飛んで来ねぇといいよなぁ!」

車列と騎兵の距離は次第に狭まり、肉眼で明確に視認できる位置まで近づいた所で、先頭の騎兵が軽く手を振ってきた。

82車長「82操縦手、停車だ」

お互いは距離が数メートルまで接近したところで一度停止。
二騎はそのまま指揮車へと近づき、他の二騎は警戒のためか、車列から距離を離す。

隊員C「あっちも同じこと考えてやがる」

自衛「向こうのヤツ等ボウガン持ってやがる、警戒しろ。支援A、降車して見張るぞ」

ジープは離れた位置で停車。自衛と支援Aは降車して全体を監視する。

星橋騎兵長「私は星橋の街駐留、第12月詠兵団所属。星橋騎兵長と申す!そちらの身分、目的をお教え願いたい!」

近づいてきた二騎の内、リーダーらしき騎兵が声を上げた。

82車長「こちらは日本陸軍 第4砲科群所属、82車長三等陸曹。敵意は無い、あなた方の街への訪問が目的です」

82車長が車長用キューポラ上から答える。二騎の騎兵は警戒しつつ、指揮車の横へと近づく。
少しの間、車列を見渡した後に星橋騎兵長は口を開いた。

星橋騎兵長「突然で申し分けないのだが……あなた方はもしや神兵様と呼ばれる方々では?」

82操縦手「また神兵か……」

82車長「あー、我々からそう名乗ったわけではありませんが……どうにもこちらの国に入って以降、その名で我々の噂が広まっているようですね」

星橋騎兵長「やはり……!いや失礼、耳にした噂と似通った外見をしておられたので」

82車長「おそらく我々の事でしょう」

星橋騎兵長「それで、神兵の方々。我々の街を訪れられたとの事ですが、よろしければ、目的をお教え願えますか?」

82車長「物資調達――のはずだったんですが……お聞きしたいんですが、周辺の治安維持活動は、あなた方が行っているんですか?」

星橋騎兵長「?、はい……国境防衛の他、街内外の治安維持も我々の仕事です。現在も哨戒活動の途中でして、それが何か?」

82車長「ええ、あなた方にお伝えしなければならない事がありまして――」



車列は星橋騎兵長達の案内で、星橋の街へ続く道を行く。旧型小型トラックは念のため、車列を見渡せる位置を保ち移動している。

隊員C「くっそ、トロいなオイ!」

衛隊B「しょうがないでしょう、向こうに合わせないといけないんですから」

騎兵の速度に合わせての走行のため、車列はかなり速度を落としていた。

支援A「あくびが出そうだぜぇ」

自衛「こいつで目を覚ましてやるかぁ?」

小銃を翳してみせる自衛。

支援A「そんな優しくねぇモーニングコールはお断りだぜ」

自衛「じゃあ、ちゃんと警戒してろ」



星橋騎兵長は指揮車と並走し、車上の82車長と話している。

星橋騎兵長「なんと……そんな事が……」

森で起こった事の説明を受け、星橋騎兵長の顔は苦い物となっている。

82車長「野盗は排除しましたが、早急にこの国の治安機構に伝えるべきかと思いまして」

星橋騎兵長「ええ、お知らせいただいた事を感謝します。司令部に今の件を通達してくれ」

星橋騎兵A「は!」

星橋騎兵長から指示を受けた騎兵は、馬を飛ばして先に街へと向かった



車列は街の門の前までたどり着いた。

星橋騎兵長「ようこそ星橋の街へ、しばしお待ち下さい」

車列は一時停止、星橋騎兵長は門の詰め所へと向って行く。

星橋門番「騎兵長」

門番兵の一人が駆け寄って来る。
彼のほか、門を守っている兵は、現れた自衛隊に対して、警戒の表情を浮かべていた。

星橋騎兵長「大丈夫だ、彼等に敵意は無い。この街での物資調達が目的だそうだ」

星橋門番「はぁ……先程、星橋騎兵Aが駆け抜けて行ったのは?」

星橋騎兵長「ああ、彼等から緊急の報を受けてな……」

星橋騎兵町は、彼等を安心させるべく説明をする。そして一通り話し終えると、車列へと振り向き手を上げた。

82車長「大丈夫みたいだな……話してくる。特隊B、代わりに銃座に上がってくれ」

特隊B「了解、気をつけて」

82車長は車内へと引き込み、サイドハッチから外へと出た。

自衛「ヤツのお守だ。支援A、降車するぞ。他はこっから援護しろ」

支援A「行くぜベイビー」

82車長の護衛のため、自衛等は降車し門へと歩く。

82車長「突然の来訪で、混乱させてしまったようで申し訳ありません」

星橋騎兵長「いえ、それは構いません。それで、街に入る前に武器等の確認をさせて頂いているのですが……」

82車長「武器をですか?」

星橋騎兵長「ええ。隣国である紅の国の雲行きが怪しくなっていまして、現在、街へ入る方の検閲を強化しているんです、が……」

星橋騎兵長は車列、特に指揮車を見て、言葉を詰まらせる

星橋騎兵長「どうしたもんかな……?」

どこまでが武器なのか、そもそも武器でなかったとしても、これらを街内に入れるのはどうなのか。
星橋騎兵長は判断に困り、困惑の表情を浮かべた。そして、それを察した82車長も微妙な表情を作る。

自衛「何をゴタゴタしてんだ」

言葉を詰まらせた二人の間に、自衛が割ってはいる。

82車長「どうにも街は厳戒態勢らしい。持ち込みに制限があるみたいでな……」

支援A「またかよ、いちいち面倒臭ぇなぁ」

自衛「厳戒態勢は結構だが、こいつらがねぇとこっちは買出しもままならねぇんだ。
   それにこっちも面倒事続きで武器が手放せ無くてな。なんとか融通利かねぇか?」

82車長「おい、自衛」

ぶしつけな態度の自衛を咎め、82車長は星橋騎兵長に向き直る。

82車長「すみません……」

星橋騎兵長「ああ、いえ。武器に関しては、この町では、身を守るための武器の携帯は許可されています。
      商隊を始め、ほとんどの来訪者は武装されてますから。
      どんな武器をいくら持っているのかを、入る前に記録させていただければ大丈夫です。
      ただ、これらの乗り物ごと街に入られるのをご希望となると……上に掛け合ってみない事には……」

?「ほほう、これはまた珍妙な乗り物だ」

突如、門の方から声がした。視線を移せば、そこには二騎の騎兵の姿があった。
片方は星橋騎兵A、もう片方は体躯の良い壮年の男だった。

星橋騎兵長「司令!」

司令と飛ばれた男は馬を下りると、指揮車や車列に驚きつつも歩み寄ってきた。

支援A「誰だアンタ?」

82車長「おい、支援A……」

12司令「失礼。私は第12月詠兵団司令を務める、12司令と申します」

自衛「頭が直におでましか、手間が省けたぜ」

82車長「お前等ッ!……こちらこそ失礼を。日本陸軍、第4砲科群所属、82車長三等陸曹です」

12司令「星橋の街へようこそ」

82車長と12司令は握手を交わす。

12司令「星橋騎兵長。こちらの方々がなにやら困っていたようだが、何かあったのか?」

星橋騎兵長「あ、ええ。この方々は、乗り物ごと街へ入る事を希望されているんですが、見ての通りなかなかの重装備のようでして。
      このまま街に入られると、住民に混乱をまねいてしまわないかと……」

12司令「ふむ。確かに、これらをこのまま街に入れるのは少し問題だな。星橋騎兵A、第1団長のところへ伝令を頼む。
    街路の警備と、彼等の誘導案内のために、第1分兵団の手空きの者を動員して欲しいと伝えてくれ」

星橋騎兵A「は」

返事をすると、星橋騎兵Aは再び馬を操り、城門をくぐっていった。

12司令「少しお待ちいただいてもよろしいですかな?住民の安全確保と、皆さんの案内のための準備をさせていただきたい」

82車長「それはもちろん。我々のせいで余計な混乱を招いてしまい、なんとお詫びしたら言いか……」

12司令「構いませんよ。噂の神兵様をお迎えするのですから。しかしこれは……想像以上に凄まじい人達が現れたな」

隊員等、特に自衛や支援Aを目に留めて、12司令はそんな事を言う。

82車長「すみません。こんな無礼な者ばかりで。まさか司令の方と直にお会いすることになるとは、思ってませんでしたので……」

12司令「神兵様の姿をこの目で直接確かめようと思いましてな。噂はここまで流れてきていますよ。
    突如現れ、山賊の猛威に晒された町をたちまち救った神兵様達だと」

自衛「その正直気持ち悪い名称も、君路の野郎が勝手に言い出したんだがな」

誰に向って言うでもなく、一言呟く自衛。

82車長「自衛!」

自衛「分かった。司令さん、配慮には感謝します。だがそれより、こっちゃ、あんた方に伝えなきゃならねぇことがありましてね」

12司令「伝達で簡単な事は聞いていますが……ここでは難でしょう、司令部にご案内します」



車列は街へと入り、騎兵隊の先導で街路を行く。

隊員C「案の定、すさまじい悪目立ちぶりだな!」

自衛「あぁ、いつもの事だがなぁ」

住人達は街路を進む車列を、驚きと不安の入り混じった表情で見つめている

支援A「ヘィ!皆の衆そんなビビルなってぇ!スターのおでましだぜぇッ!?」

衛隊B「何を言ってるんですか」

だが、立ち上がり声を張り上げた支援Aに、住人達の顔はより一層強張った。

隊員C「おい、どっかでガキが泣き出したぞ……」

星橋騎兵B「神兵様、お静かに願います!住人はただでさえ不安を抱えているんです……!」

あげく、旧型小型トラックの脇を並走していた騎兵に叱責を受ける事となった。

支援A「なんだぁ、俺は場を和ませようと思ったんだぜぇ!」

自衛「お前ぇじゃ返って悪化する。黙って座ってろ」



82車長「あの馬鹿……!」

前方の指揮車上で82車長は悪態を吐いた。12司令は馬に乗り、指揮車と並走している。

12司令「ははは……ユニークな方がいらっしゃるのですな」

82車長「すみません……我々のせいで人々を不安にさせてしまって」

12司令「いや……あなた方ばかりが原因ではないんですよ」

82車長「というと?」

12司令「隣国、紅の国についてはご存知ですかな?」

82車長「多少。その国に妙な動きが見られる事は耳にしていますが」

12司令「その影響です。まだ具体的な事はつかめていないのですが……住民の間にも漠然とした不安が広まっていましてな」

82車長「それで街へ出入りの制限を」

12司令「ええ。唯、物流などの事を考えますと、必要以上に厳しくできないのも現実でしてな……」

82車長「大変でしょう。ここは今まで訪問してきた街の中でも特に大きい」

12司令「はは、王都ほどではありませんが。さ、あそこが司令部です」



第12月詠兵団司令部 来賓室

12司令「何という事だ……」

森で起こった事態の詳細を受け、12司令の顔が苦いものとなってゆく。

12司令「我が兵団も対魔王戦線への引き抜きで、任務内容が圧迫されてはいるのですが……だからといって、このような事態を許すとは……!」

82車長「この世界の情勢は我々も耳にしています、仕方の無いことです」

自衛「司令さん。ここまでいくらかの街を見てきたが、基本的に街や村以外の場所は治外法権のようだが?」

12司令「ええ、ただ以前は国内の広域を兵団が巡回し、治安維持に努めていました。
    数年前には王都で、国内の安全圏を広げる政策も打ち出されたのですが……」

自衛「魔王云々がはっちゃけ出したせいでパーか」

12司令「そういう事です……」

12司令は一度深く溜息を吐いた。

12司令「……暗い話になってしまった。お話の続きを」

82車長「ええ。我々はあなた方にこの事態の引継ぎをお願いしたい。現在現場を押さえ、生存者一名を保護。
    それと盗品らしき物品を多数預かっています」

12司令「成程……生存者についてお聞きしても?」

82車長「それが、精神に負担を負ってまして、我々も詳しい事は聞けていないんです。
    人狼の女性で、キャラバンの一員らしいという事くらいですか。可能なら保護願いたいのですが」

12司令「そうですか……分かりました、一名ならこちらでなんとかしましょう。どうするかは本人の意思次第ですが。
    兵団から選抜し、部隊を向わせます。少しお時間をいただく形になりますが」

82車長「お願いします。ああそれと、今更な報告なんですが……現在我々の部隊の一部が、荒道の町付近に駐留しています」

12司令「荒道の町ですか?」

82車長「ええ、その……自給活動のために。神兵と呼ばれていますが、我々は漂流者のような者なので……
    しばらくの間、その場に駐留する許可を頂きたいのですが」

近場の井戸から原油を採取している事は話さないでおいた。
この国で、街以外の場所で採れる(それも放棄された)資源がどういう扱いなのかは分からないが、勝手にその資源を掘り出していると言って、いい顔をされる可能性は低いからだ。

12司令「かまいませんよ。秩序ある行動さえ約束していただけるのであれば。
    行商や旅人等の寝泊りの場所まで、我々が口を出す道理はありませんので」

82車長「ありがとうございます。所でつかぬ事を聞きますが、我々の噂は一体どこまで伝わって来ているんですか?」

12司令「どこまでかは分かりかねますが、この街では数日前から。私が詳細を知ったのは、先日手紙が来てからですが」

82車長「手紙?」

12司令「五森の公国の東の街はご存知だと思います。そこに私の娘夫婦と孫も住んでいましてな。無事を知らせる手紙が届きまして、その中にあなた方のことが」

自衛「山賊共とのドンパチの時か」

12司令「あなた方は個人的な恩人でもあるのですよ」

82車長「自分はその場に居た訳ではありませんが……」

82車長は横に居る自衛を見る。

自衛「俺等も自分の身を守ったに過ぎん。それより司令さん、差し支えなけりゃ、頼みを聞いてもらえるか?
   この街で良い金物や工具品、資材が売ってる場所を教えて欲しい。それと、人狼に対する医療知識が分かる場所を」

12司令「それくらいであればすぐに。参謀、地図を頼む」

12参謀「は!」



資材の調達可能な場所と、医療施設を聞き出し対話は終了。自衛達は司令部を出た

82車長「大分、俺等の噂が広まってきてるな」

自衛「言っただろ、時間の問題だってな。早いトコ地盤を整えるべきだ」

82車長「ああ……それにしてもお前、あの態度はないだろ」

自衛「あ?」

82車長「あの司令の人、たぶん連隊長か群長クラスだぞ?」

自衛「だから?」

82車長「……(そうだ、コイツは方面隊司令の前でもこんな感じだって聞いたな……)」

話しながら車列へと戻る。車列は司令部の前に停めてあり、残った隊員が見張っていた。

隊員C「戻ってきたぜ」

衛隊B「どうでした?」

82車長「事態の引継ぎを承諾してもらった、明後日にはここの隊が派遣される」

隊員C「ああそりゃいいね!面倒は他人任せに限る」

輸送D「で、次はどうするんです?」

自衛「この街の金物屋やらを教えてもらった。手分けしてそいつの調達にあたる」

82車長「面倒は起こすな、この街にはあちこちに兵士が駐留してる。なんかあればすぐに飛んでくるそうだ」

輸送D「きな臭ぇ街だな」

82車長「それだけ治安維持に力を入れてるんだろう。砲科隊と指揮車はここに残る、街中で下手に動き回ってもアレだ。
    施設A、21後支連で資材の調達を頼む」

施設A「了解」

自衛「隊員C、お前も21後支連についてけ」

隊員C「最初っからそのつもりだよ」

82車長「54普は衛隊Bを連れて、医療施設を訪問。完了後、全隊ここに戻ってくるように。いいな?」

施設A「オーケー」

自衛「いいだろう」

82車長「よし解散。掛かってくれ」



自衛指揮の普通科組は街の病院施設を訪問。医療ノウハウと医薬品の提供を受けた後、
物資調達中の2後支連と合流すべく街路を進んでいる。

衛隊B「人狼と言っても特に大きな違いは無いみたいです。体内器官は人間と同じだそうなので」

自衛「なら楽だな」

衛隊B「医薬品も買えましたし。ただ、ちょっと出費がかさみましたね」

自衛「兵站そのものは同僚達が向こうでうまい事やったそうだ。だが、そろそろ手持ちの金を見繕うべきだな」

衛隊B「どんな世界でもお金とは……とと!」

街路の交差路に差し掛かり、溢れる人だかりを前に一度停車する。

支援A「悪ぃな皆の衆!ちょっとお騒がせするぇぜッ!」

衛隊B「ごめんねー、通してねー」

現れたジープに、人々は慌てて左右に割れて道ができる。ジープはその人だかりの間を通り、交差路を走り抜けた。

衛隊B「交通にものすごい迷惑をかけてますよね、コレ」

自衛「致し方無ぇ、それに装甲車が街並み薙ぎ倒して進むよりは良いだろ」

支援A「確かになぁ!にしてもよぉ、街中妙にピリピリしてどうにもやな感じだぜ。
    入隊する前、満洲に行った時もこんな雰囲気だったなぁ」

衛隊B「東ア体(東アジア自治区共同体)に?旅行ですか?」

支援A「いんや、ダチんトコを訪ねたんだ。一昨年のロシアちゃんのフィーバーに巻き込まれてねぇか心配でよ。
    まぁ、ダチの所は特になんも無かったんだが、空気が重くて、気が滅入っちまいそうだったぜ」

衛隊B「ああ、あっちにもクーデターが飛び火したんでしたっけ……」

自衛「樺太も似たようなモンだったがな。とにかく糞迷惑この上無ぇ事件だった、正直思い出したか無ぇな」

支援A「ハハァッ!自衛が言うと説得力あるなぁ!」

自衛「あぁ、ありがとよ」



衛隊B「あ、あれ」

自衛「あ、どうした?」

衛隊Bが何かに気付き、一軒の店の前でジープを停めた。

衛隊B「あれ、隊員Cさんですよ」

衛隊Bの示す先、その店の窓越しに隊員Cの姿が見えた。

自衛「あいつ何こんな所で何してやがる」

支援A「つーか、なんだぁここ?」

その店は内外に統一性の無い物が無造作に並び、胡散臭さを醸し出していた。
看板の文字は"掘り出し物店 星屋"と書いてある。

衛隊B「なんか胡散臭いお店……」

自衛「物資調達と関係があるようには見えねぇな。支援A、ジープを見張ってろ」

自衛と衛隊Bはジープを降り、店内へと向う。



店内では隊員Cが無造作に置かれる商品を漁っていた。
店主らしき青年から中年の間といった男は、その隊員Cを怪訝な顔で見ている。

隊員C「よお店主、こいつは?」

隊員Cは、刃の中心が空洞になった奇妙な剣を手にして聞く。

星屋店主「あー?それは機械剣の一種だ、内部に小さな刃を仕込んで飛ばせるんだよ。あんまし実用的じゃねぇが」

隊員C「ほぉ、そりゃおもしれぇ」

そういうが、隊員Cはその剣を荒い手つきで元に戻した。

星屋店主「お客さん……なんも買わないんならいい加減帰ってくんねぇか?」

隊員C「まだ物色中だろうが、もうちっと待ってろって」

星屋店主「勘弁してくれ……」

心底ウンザリとした声を上げる店主。

星屋店主「……ん?なんだ?」

その時店主は、窓の向こうに奇妙な物が停まっているのに気が付いた。しかしそれをよく確認する前に店の扉が開く。

星屋店主「っと、いらっしゃ……い……?」

そして新たに店に入ってきた客に、店主の顔がより怪訝なものになった。
入って来たのは、ひどく醜い風体の人物と小柄の少女だ。

隊員C「あ?よぉ、自衛か」

星屋店主「お客さんのお仲間か……?」

隊員C「ああ」

自衛達は店内を見渡しつつ隊員Cへ話しかけた。

自衛「お前こんな所で何してやがんだ」

衛隊B「っていうか、何ですこのお店?」

隊員C「見ての通りのガラクタ屋だ。何か使えるモンがねぇかと思ってな」

星屋店主「掘り出し物屋と言ってくれ。まぁ、ガラクタも有るっちゃ有るけどよ……」

店主は困り顔でカウンターに頬杖をつき、愚痴を吐いた。

星屋店主「ん、待てよ……?奇怪な服装の集団、勝手に動く荷車……あんたら、もしかして噂の神兵様か?」

隊員C「あー、また神兵ときた……俺等はそんな趣味の悪ぃ呼び名を名乗った覚えはねぇんだけどよ!」

店主「つまり本人で合ってるんだな」

自衛「一応な。どう呼ばれてるかなんざ、知ったこっちゃねぇんだけどよ」

星屋店主「本当だったのか、しかし……想像してたのと全然違うな……正直、堅気かどうかも疑っちまうぞ」

隊員C「ああそうかよ。ったく……ん?」

その時、隊員Cの視線は店の隅にある本棚に向いた。

隊員C「こいつぁ……」

そしてジャンルも大きさもバラバラの本棚の中から、一番端にある本を手にし、ページをめくる。

隊員C「おい、これを見ろ」

自衛「あ?」

衛隊B「はい?」

隊員Cはその本の一ページを開き、自衛達に差し出して見せた。

衛隊B「これって……」

自衛「太陽系みてぇだが」

そのページには、太陽系を記したと思われる図が書かれていた。

隊員C「ああ。だが見てみろよ、天体の数や配置が明らかに違うぜ……おい店主、この本は?」

隊員Cは手にした本をカウンターに広げて聞いた。

星屋店主「んー?ああ、また妙なモンを手にしたな。そいつはどこぞの気ぶれ者が、天体について書いた本らしい」

隊員Cが再び内容に目を通す脇で、店主は説明する。

星屋店主「俺はチラッと見ただけだが、この世界は球体で、他の星や月と同じように太陽を回ってるとか書いてあったぞ?馬鹿馬鹿しい内容だと思うがな」

隊員C「こんな店やってるお前さんに言われたかねぇだろうよ。それより、他にも似たようなモンはねぇのか?」

星屋店主「他にか……?確か書物に似たような事を書いたのがあったような……」

店主は店の奥へ引き込み、しばらくして数冊の書物を持ってきた

星屋店主「あったよ。全部、公共の図書館とかには置けないふざけた本ばっかりだが」

隊員C「見してもらうぜ」

隊員Cはその一つを手にし、パラパラとページをめくる。
自衛も他の本を手にし、何ページか目を通している。

隊員C「よぉ自衛……細かい所は荒が目立つが、俺等の世界での天体の常識と結構近いぜ。天動説主流の世界でこいつはすげぇんじゃねぇか?」

自衛「どこの世界にも先進的な野郎はいるもんだ」

隊員C「所望してこうぜ、こいつはいい土産になる」

自衛「買うなら、お前の配当金から出せ」

隊員C「んだよケチ臭ぇ、分ーったよ。おい、こいつ等いくらだ?」

星屋店主「本当に買うのか?あー……合わせて60ヘイゼルだ」

隊員C「ほらよ。衛隊B、本を持ってけ」

衛隊B「はいはい……あれ?この本、全部作者が同じですよ?」

自衛「何?」

隊員Cが会計する脇で、本を持った衛隊Bが、作者の名前に気が付く。

星屋店主「まぁ、こんなモンを書く人間は二人も三人もいないってことさ」

自衛「おい。それよりこいつ等を書いたパラリラ野郎が誰で、どこに居るか分かるか?
   まさか火炙りになってりゃしねぇだろうな?」

店主「火炙り……?コイツを寄越したのは知り合いの仕入れ屋だが、それより先の事はな……。
   機会があれば一応尋ねてみるが、いつになるかは分からないぜ?」

自衛「期間は別に問わん。頭の隅にでも置いといてくれりゃ良い」

星屋店主「分かった。それくらいなら」



星屋店主「ありあとあしたー」

自衛達は店を後にし、ジープへと戻る。

支援A「へい、なんか面白いモンでもあったか?」

隊員C「ああ、お前に理解できるかどうかは別にしてな」

支援A「ああそうかい」

言いながら各々はジープへ搭乗し、衛隊Bがエンジンを掛ける。

衛隊B「施設A三曹達はどこに?」

隊員C「この先の交差路を曲がった所だ。向こうの買出しも終わってる頃だろうよ」

衛隊B「やーっぱり抜け出してたんですね、隊員Cさん」

隊員C「有効的な分担作業さ。現に掘り出しモンがあっただろ?」

自衛「なんでもいい、向こうと合流してとっととズラかろうぜ。ここは人が多くて鬱陶しいからな」



数時間後。
買出しを終えた燃料分隊は、空がオレンジ色に染まりかけた頃に制圧地域に帰還。
物資を載せたトラックは他の部隊と一緒に野営地へ戻ったが、普通科中心の部隊は、引渡しが完了するまでこの場に残り監視を続ける。
監視壕付近では、携帯端末から大ボリュームで音楽が流れている。

支援A「Voooooooooooo!!」

そしてそれに合わせて支援Aが、これでもかと言う程やかましく歌っている。

支援A「Oh,Yeahhhhhhhhhh!FooooooooooBabyyyyyyyyyy!!」

隊員C「うっせぇんだよォッ!支援Aッ!集中できねぇから黙ってろカス!」

支援A「硬い事言うなよ、俺等しか居ねぇんだからよォ!」

隊員D「その、一緒に居る俺等の事も考えろっつの……」

隊員C「ったくよぉ!」

一方の隊員Cは、図面片手に空を睨んでいた。
壕の脇には星橋の街で手に入れた本の他、この世界で手に入れた、多数の書物が重なって置かれている。

自衛「おぉい、誰だ発動発電機で携帯充電しやがった馬鹿は?充電器そのままだぞ」

支援A「うぉー、俺だ!ワリィワリィ」

壕へ歩いてきた自衛は、携帯用のアダプターを支援Aに投げ渡した。

自衛「私物の発電は手動ダイナモを使えっつったろ」

隊員C「細かいこと言ってやるなよ。どうせ衛生用で発電量一杯まで使ってねぇんだ」

自衛「だったらバッテリーに充電しとこうとは思わねぇのか」

隊員C「あー、分かった!分かったから後にしてくれ!」

自衛「本当に分かってんだろうな」

言いながら自衛は壕の端に腰掛ける。

隊員C「丁度この時間帯なら、肉眼で観測できるはずなんだ……ッ!あったぜ!」

自衛「なんかおもしれぇモンでもあったか?」

隊員C「よく見ろ。あの微妙に梯子みたいな形した星座があるだろ?その隣、光り方の違う星が見えるか?
   あいつがこの星の隣にある惑星、ハルジオンだ」

隊員Cが指し示した先に、他よりも少し目立つ星があった。

隊員D「あれか?花と同じ名前の星か、この世界にもハルジオンが咲いてるのかは知らんが」

言いながら隊員Dは脇に詰まれた本を手にし、惑星図のページを開いた。

隊員D「えーと……エリオ、アンサンブル、リノニシア……ハルジオン、あったこれか」

自衛「あー?……この本が正しけりゃ、この太陽系の第四惑星か」

隊員C「たぶん合ってるぜその本。少なくともこの惑星とハルジオンの位置関係に関しちゃな。
    夕方に観測できたって事は、あの惑星がこの地球よりも太陽寄りにあるって事だ」

隊員D「この五番目のアーウィってのが俺等が居る星だろ……?ハルジオンは、俺等の世界で言う金星って事か?」

隊員C「そんな所だろうよ。ただし、そのさらに内側にあるリノニシアも金星と似たような惑星みてぇだがな」

隊員D「本当に別の宇宙に飛ばされて来ちまったってことか……」

隊員C「まぁ、そういうこった」

隊員Cは図面を畳みながら、壕へと戻って来た

隊員D「そう言えばよ。この地球、よく三つも月を引き付けてられるよな」

隊員Dは夜空に上っている、今日は二つしか見えない月を見て言う

隊員C「三つある分一つ一つが小せぇんだろ。見るに、一番でかくても俺等の世界の月の三分の一も無ぇ。
    それにプラスしてだ。たぶんこの地球が俺等の地球よりもデカイんだろうよ」

隊員D「ああ、そりゃ今後の旅路が楽しみだね……」

溜息を吐きながら、隊員Dは視線を本に戻す。

隊員D「……惑星の並びやらも随分違うんだな。太陽から順にエリオ、アンサンブル、リノニシア、んであのハルジオン。
    俺等が居るアーウィ。そしてメイラス、ボノ、ジャーマル、ヴォルグラティアか……」

隊員C「観測しきれてねぇんだろうが、ヴォルグラティアより先にもいくつか存在するだろうよ。たぶん四つ五つは惑星がある」

隊員D「考えるのも面倒になってきた……」

隊員Dは本を脇へ戻し、焚き火に薪をくべに掛かる。

隊員C「しっかしよぉ?この世界の技術で一体どうやって、
ここまで観測できたんだろうな?」

自衛「なんらかの方法を持ってるのかも知れねぇ。是非とも面を拝みてぇモンだ」

考察を続ける自衛等の側で、支援Aは歌い続けている。

支援A「Voooooooooo!ブットバセ BigBaaaaaaaaaaang!!!」

隊員D「……だからうっせぇよ支援A!」



広場のはずれ。
森の中で狼娘がたたずんでいた。

狼娘「……」

彼女の足元には、人の身長サイズで盛り上がった土が三箇所。土の下には、彼女の仲間である商人C達が埋葬されている。
埋葬は昼間に行われたが、その際彼女もその場に立ち会った。
亡骸は隊員の手により極力綺麗にされており、商人Cの体も衛生等が可能な限りの修繕を行った。
それでも狼娘は、遺体を目にした時に、胸に鋭い物が突き刺さるような、強烈な感覚を覚えた。

狼娘「商人A、商人B……商人C」

埋葬場所には、それぞれの遺品が墓標代わりとして置かれている。
商人Cの場所には、彼の使っていた剣が墓標として突き立てられていた。

狼娘「……ッ!」

彼女はその剣の柄を掴み、それを引き抜く。そして代わりに、自身が愛用していた剣をその場へ突き刺した。

狼娘「もっと…もっとあたしが強ければ……!」

狼娘は商人Cの剣を腰に納め、広場へと戻って行った。



広場へ戻ると、脇に掘られた穴の周辺で、緑服の者達が騒いでいる。
ここの野盗たちを一掃したらしい、謎の集団だ。

狼娘「……」

少なくとも敵ではないようだが、未だに彼等の正体が掴めない。
今朝から様子を伺ってはいるが、妙な行動をしていたり、時折内容の理解できない会話をしていたりする。

狼娘(本当になんなんだ……?)

各々の顔立ち、服装、武器らしき物……いずれも見た事がない。そして特に目を引くのは、各所に停まる鉄の物体。

狼娘(今朝動いてたところを見ると、乗り物みたいだけど……)

野盗たちの小屋が密集していたはずの、今は更地となった場所に、その奇怪な物体等は我が物顔で腰を据えている。

衛隊B「あ、戻ってきたね」

その奇怪な物体の一つ、自身が寝かされていた荷車らしき物から、小柄の少女が近寄って来た。

衛隊B「大丈夫?あれから気分悪くなったりしてない?」

狼娘「あ、ああ……大丈夫」

助けられて依頼、この小柄の娘は必要に体調を気にかけて来る。どうにも医者か何かの様だが。

衛隊B「良かった。大丈夫だとは思うけど、一応後でまた診察だけするから」

狼娘「ああ……分かったよ」



隊員C「ん。おい、戻ってきてるぜ」

森から戻って来ていた狼娘の姿に気付き、隊員Cが彼女を指し示す。

自衛「丁度いい、聞いて来るとするか」

自衛は壕から出て、狼娘の所へと近づく。

衛隊B「他に何か困ってる事はない?」

狼娘「大丈夫だけど……な、なぁ……それより、あんた達ニホンとかの軍隊って言ったけど、一体………うっ」

言いかけた途中で、狼娘の顔が強張った。

衛隊B「?、ああ、士長か」

視線の先には、こちらへ近寄ってくる自衛の姿がある。

衛隊B「あー、大丈夫。別に悪い人じゃないから。とって食われたりはしないよ」

狼娘「…」

衛隊Bが困り笑いで言うも、狼娘の顔は引きつったままだ。

自衛「衛隊B、今いいか?ねーちゃんに聞きたい事がある」

衛隊B「ええ、話をする程度なら。硬貨の件ですか?」

自衛「ああ、早い内にハッキリさせとかねぇとな」

言うと自衛は狼娘へと視線を向ける。

自衛「狼のねーちゃん。色々とあってキッツイだろうが、あんたに聞きてぇ事がある」

狼娘「き、聞きたい事…?」


支援A「血肉ト汁ト骨髄シボリダシッ!オマエノ死肉デ、ラーメン一丁アガリ!ボウッ!!!」


狼娘「!?」

しかし話を始めようとした所で、さらにテンションが上がった支援Aの声が割り込んできた。

衛隊B「……えーっと」

自衛「ちょいと待っててくれ」

自衛は壕へ戻り、支援Aの携帯端末を掴んで曲を止めた。

支援A「ウォウッ!?なんだぁオイ!?」

自衛「そこの生きとし生ける騒音公害。今大事な話をしてんだ、口を閉じて黙ってろ」

支援A「ああ?そんな事言うなよ!こんなハイな曲なんだぜぇ!?」

自衛「俺が言ってんのは曲じゃねぇ、おめぇそのものだ。少し静かにしてろ」

支援A「あーぉ、盛り上がってきた所だったのによぉ……!」

自衛が携帯を投げ渡し、支援Aは渋々とそれをポケットにしまった。

狼娘「……あれ?あの機械……」

衛隊B「ん?携帯がどうかした?」

狼娘「ケイタイ……院生ちゃんが持ってたのと同じ……?」

衛隊B「……へ?」

その発言に衛隊Bは疑問を抱いた。

衛隊B「同じって……わッ!」

自衛「どういう事だ」

が、衛隊Bがそれを聞こうとする前に、自衛が彼女を押しのけて狼娘に迫った。

狼娘「……ひ、ひぃ……」

自衛「ねーちゃん、コイツと同じモンを見たような口ぶりだな?」

衛隊B「ちょ……自衛さん……」

慌てて間に入る衛隊B。

狼娘「あぅぅ……う、歌とか音楽が流れて来る、あれと似た機械を見せてもらったんだ」

自衛「その院生とかいうヤツにか?何モンだ?」

狼娘「道中で会った女の子だよ……院生なんでも異世界から来たとか言ってたけど……」

衛隊B「異世界……!?」

衛隊Bは狼娘の発言に驚愕の声を上げる。

自衛「オイ、あの100円玉まだここにあるか?」

自衛は壕で聞き耳を立てていた隊員C等に向って言った。

隊員D「確か業務テントに、とって来ます!」

隊員Dは広場中央のテントに向って走り、数十秒の内に戻って来た。

隊員D「ありました」

自衛「寄越せ」

隊員Dが投げ渡した硬貨を受け取り、それを狼娘に見せた。

自衛「ねーちゃん、こいつはアンタが持ってたらしいな?」

狼娘「あ、それ……!野盗たちに持ってかれたかと思ってた……」

自衛「確かに連中がパクってやがった。俺等が奪い返したがな。で、コレもその院生って娘からもらったモンか?」

狼娘「そうだけど……」

隊員C「おい……こりゃ、ほとんど当たりじゃねぇか?」

自衛「だろうな」

狼娘「あんた達なんでそんな事まで……?なぁ、本当に何者なんだ……!?」

自衛「待ってな」

問いには答えずに、自衛はポケットから100円玉を掴み出し、先程の硬貨と共に手のひらに置いて見せた。

狼娘「え……?お、同じ物!?どうして……?」

自衛「いいか。こいつは俺等の世界の、俺等の国で使われてる通貨だ。言ってる事分かるな?」

狼娘「!?嘘……じゃ、じゃあ……あんた達、院生ちゃんと同じ……!?」

自衛「その辺、詳しく聞かせてもらいてぇんだが」



一時間後、野営地。
業務テントの内部で、補給二曹等がテーブルに広げた地図を睨んでいる。
狼娘から得られた情報と照らし合わせ、院生の足取りを推測している最中だった。

82車長「ここが星橋の街。で、越境してすぐの所にあるのが風精の町」

補給「その先の行路は分からないのか?」

特隊B「狼のおねぇちゃんは、いくつかの街を経由して、北の国に向うとしか聞かなかったそうです」

補給「北の国……この笑癒の公国って国だな」

FV車長「こいつぁ厄介だぞ……どんな行路で、今どの辺を進んでるやら」

補給「いや、その院生という人物達は徒歩だそうだ。我々みたいに車両での無茶は利かないはず……近場の町などを結んだ経路になるはずだ」

補給は地図上の町や村を、トントンと指し示してゆく。

82車長「予測を着けて、追っかけてみるしか無いですね……」

補給「だな。捜索部隊の編成を考えよう」

FV車長「やっぱ重装備で踏み込むか?この紅の国……まともとは言えないっぽいからな」

82車長「いや、捜索部隊は少数で編成したほうがいいかと」

FV車長「少数?なんでまた?」

82車長「こいつは自衛から吹き込まれたんですが……下手にゾロゾロ連れてくより、最低限の数で、邦人を追っかけるのに集中したほうが良いと」

補給「機動を考えれば、それも有効だな。人を追いかけるのなら身軽なほうがいい」

FV車長「大乗夫ですか?何かあれば危険です」

補給「だから、捜索部隊と別に、緊急時の展開部隊を編成する必要がある。ヘリがあるといい。そいつを中心に、いつでも踏み込めるよう待機させておくんだ」

FV車長「成程」

補給「さらに国境線近くに、装甲車を含む車両隊を待機させておけると尚いい」

FV車長「はぁー……どんどん話がきな臭くなって来るな」

補給「この状況だ、仕方あるまい。特隊B。通信隊の通隊Aに、今の件を陣地に知らせるよう言ってくれ」

特隊B「分かりました。具体的な内容は、データにして別途に送信しても?」

補給「問題ない、頼むぞ」



さらに数時間後 陣地改め五森分屯地。
日はとっくに沈み、辺りはすっかり暗くなっていたが、分屯地内は喧騒に包まれていた。

対外「聞いたかね、隊員J。この世界に、われ等の同胞が紛れ込んでいるかもしれないと言う。まこと、この世界での出来事は我々を退屈させてくれないようだ」

隊員J「ああそうかい、それより早くその銃身寄越せ」

武器保管区画で隊員等が重機を引っ張り出し、点検を行っている。
燃料隊から報告を受けた分屯地側は、増援派遣のための準備を進めていた。

対外「完了だ。これで全て終わりかなぁ?」

隊員J「ああ、とっとと持ってくぞ」

隊員J等は改良型九二式重機と予備機材を担ぎ、輸送ヘリへと向う

陣地内では他にも、増援の準備が進んでいた。
車両駐車区画では、予備燃料などの積載が行われ、途中通りかかったテント内では、一曹をはじめとする曹等が部隊編成に頭を捻っていた。

対外「しかし、増援を送り込まなければならないのも最もだがぁ、こちらが手薄になりそうではあるなぁ。一曹等もジレンマを抱かずにはいられない事だろう」

隊員J「全員が行くわけじゃ無い、砲科や11普連のヤツ等も残る事になってる」

対外「まぁ、そこは一曹等の采配に期待しよう。それに我々は、この平和で退屈なこの地の守りから、ようやく解き放たれる」

隊員Jは胡散臭い口調で話す対外を、途中から無視していた。
話している内に、ヘリポートへと到着した。
ヘリポートでは久しぶりの飛行とあってか、航空軍の隊員等が作業に没頭している。

対外「出発は明日だというのに、早くからご苦労な事だ。敬意を払わねばな」

本部「隊員J士長、対外士長。こっちに」

そこへ、不気味でなおかつ老け顔の陸士がヘリポートの脇から声をかけてきた。
彼の足元には多数の銃機が並んでいる。

本部「隊員J士長。物資、弾薬のチェックは全て終わってます。後、残るは銃器類だけです」

隊員J「分かってる、文句はタラタラしてたこのクズに言え」

対外「はっはっはぁ、少しは許容してくれたまえ。なかなかの数を私一人で運び出したのだ」

悪びれもなく、対外は不気味な顔で不気味に笑ってみせる

本部「まぁー、少しの間活動拠点を向こうに移すそうですから、移送する量も多くなるんでしょう。それに事態が事態ですし」

隊員J「グズグズしてる暇は無い。個人装備だって整えなきゃならないんだ。チェックなんぞとっとと終わらせるぞ」



同時刻 森の制圧広場。
隊員C等は自衛から、明日の行程についての説明を受けている。

自衛「以上だ。なんか質問あるか?」

支援A「あー、特にはないぜ」

隊員C「俺等は厄介ごとはスルーして、その院生ちゃんとやらを追っかけりゃいいんだろ?面倒に出くわしたら、緊急部隊にヘルプミーだ」

自衛「分かりやすい翻訳ありがとよ。行程開始予定は明日の0900時だ。全員装備を整えとけよ」

説明を終えると、自衛は壕内にドカッと腰を下ろした。

隊員C「面倒が一つ片付けば次の面倒事だ。正直、コイツを見つけた時から嫌な予感はしてたけどよ……!」

隊員Cは野盗から押収した、例の100円硬貨を手する。

隊員D「今回は邦人だぜ?放っておく訳にはいかねーだろ」

隊員C「わーってる、留守番のお前に言われるまでもねぇよ!」

隊員D「そりゃ結構な事で」

隊員C「ったく」

悪態を吐き、つまんだ100円硬貨を睨む隊員C。

隊員C「……あ?」

そこで隊員Cは硬貨の妙な部分に気が付いた

隊員C「ッ……!」

自分のポケットから別の100円硬貨を掴みだし、二つを見比べる。

隊員D「おぉい、何してんだよ隊員C?」

隊員C「…なんだこりゃ…おい、こいつを見てみろ」

そう叫ぶと隊員Cは、近くにあった飯ごうをの蓋に、二枚の硬貨を並べて見せる。

自衛「今度はなんだ」

隊員C「見ろ。右が連中から押収した硬貨、左が俺のだ。分かるか?」

支援A「あぁー?」

隊員D「……桜の数が違う……?」

隊員C「表に彫刻されてる桜は三つのはず。だが、押収したやつは四つある……」

隊員D「葉やつぼみの数もだ。いや、全体のデザイン自体が微妙に違ってるぞ」

自衛「ほぉ、コイツぁまた不可解だ」

隊員D「……偽モン……ってことか?」

自衛「偽モンでこんな手間暇かける馬鹿はいねぇと思うがな」

支援A「つまり、どういう事だぁ?」

自衛「さぁな。コイツの本来の持ち主を見つけて、直接聞いてみようじゃねぇか」

隊員C「チッ!クソッタレが、まーた妙な謎が増えやがったぜ……!」


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